文章を書くときは推敲をお忘れなく

皆さんどうも、今年も3分の2が終わろうとしている折いかがお過ごしでしょうか。岡埜は賞味期限当日の牛乳が減らず悪戦苦闘中です。そんな中テレビから「敷居が高い」という言葉が聞こえてきました。「行ったこともない店の敷居が高いわけ無いだろ」と4阿僧祇回くらい思っているのですが、見ず知らずの市井の人へそんなことを言えるわけもありません。そこで牛乳を飲みつつ、常日頃から蛇蝎のごとく嫌っているとある表現の誤用について綴ることにします。

もったいぶらずに申し上げると、その表現というのは「物理的に」という副詞で通常後ろには可能・不可能を表す表現が繋がってきます。しかし先日、某イベントの主催者コメントではこの表現を次のように用いていました。

 

(以下引用)

(中略)その後、イベントの前日に緊急事態宣言が愛知県に発令されてしまいました。イベント当日を翌日に迎え、全ての準備が終わっていたタイミングでした。そのタイミングでイベントを中止や延期にすることが物理的にできませんでした。(以上引用、原文ママ)

 

イベントの前日はあくまで緊急事態宣言の発効日であり、発出日はそこから更に遡ること8/25なのですが、そこへは触れないでおきたいと思います。また「翌日に」と呼応させるのであれば「迎え」ではなく「控え」が適切だと思いますが、ここもスルーしたいと思います。イベント開催への意見は全て他の方にお任せいたします。

問題なのは最後の「物理的に」という表現です。みんな大好き広辞苑第7版を、この用法は「いふ語なかりき入るべきものを」なのではと心配しながら繰ってみるとさすが広辞苑、当たり前と言わんばかりの余裕で次のように書いてありました。

 

1. 物理学により認識されるさま。「ー変化」⇔(※対義語)化学的。
2. 物量としてとらえられるさま。空間に位置を占め、感覚で知覚できるさま。「ーに排除する」⇔(※対義語)心理的

 

1. は中学理科で習う「水が凍るのは物理変化」「水を電気分解して酸素と水素を得るのは化学変化」というアレですね。今回こちらは文脈から明らかに違いますが、ついでなので水の電気分解において陽極と陰極からそれぞれ発生する気体を思い出してください。
閑話休題、今回用いられた「物理的に」はおそらく2番の意味だと考えられるのですが、一体何が「空間に位置を占め」ていたためにイベントの中止・延期が不可能だったのでしょうか。「イベント中止・延期ボタンの上にアンプを置いてしまった結果中止・延期が物理的にできませんでした」とか「イベントの中止・延期は浜頓別にあるオフィスとの間の、往復はがきによるコミュニケーションのみで可能であり、3日間では往信と返信でのやり取りができないことから、中止・延期が物理的にできませんでした」とかそういう事情があるのでしょうか。もしそうであればこの指摘はお門違いということになるので大変申し訳無いのですが、もしそうでないならば件の用法は誤用と言わざるを得ません。今後は正しく「あなたのデスクに椅子を5000脚置こうとしましたが物理的にできませんでした」とか「そんな車で神田神保町の路地を走るのは物理的に不可能です」とかのように使っていただければ幸いです。

 

なお上記のイチャモンについては、私の浅学菲才故に誤った内容を含んでいる、ひいては広辞苑の語彙に落ち度がある可能性もありますから、もし「物理的に」の他義をご存じの方はご一報ください。ここまで原稿を書いても牛乳はあと1.5L残っており、今日中に飲み切るのは物理的に厳しそうです。沸かしてからゼラチンで固めてゼリーにでもしようと思います。それではまた。

最後に:
私が辟易している、「物理的には可能だと思うんですが~」と意味不明な依頼を回してくるこの世の営業担当もどき全てが、正しく「私の心理的願望では可能であってほしいのですが」と言ってくれる日が訪れますように。大嫌いだ。